世相を読むために各新聞の社説に目を通す事は不可欠です。左も右も,時には読み比べる事でブレない人生観と座標軸を築きあげていきます。
社説から世相を読む
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不登校問題の解決は発想の転換が必要ではなかろうか
2006年 09月 05日 (火) 19:12 | 編集
 今日の社説は1紙を除いてどこも一斉にホリエモン裁判について書いていました。期待せずに読んだものの,やっぱり本質に迫ったものはありません。どれもこれもホリエモンの指示によるライブドアの粉飾決算が原因で社会がおかしくなったという前提に立って書いているからでしょう。「小泉の波立ち」サイト(→  リンク)の南堂氏に言わせれば,未だに大手マスコミは,夢から覚めたという夢の中にいるようです。アホらし。ボンクラマスコミには好きに語ってもらって,実りのない議論で時間をつぶしておいてもらいましょう。

 そんなわけで我々は先に行きます。1紙を除いて,と書いたその1紙は東京新聞でした。2つの社説のうち今回は【中学生不登校 小学校との連絡を密に】をピックアップします。教育問題には非常に興味を持っていますので(これから結婚してパパになる可能性もあるので)2日続けて考えてみる事にします。
(Sep/05/06 東京新聞社説)
【中学生不登校 小学校との連絡を密に】
 中学校の生徒のうち不登校の占める割合が、わずかではあるが四年ぶりに増加に転じた。夏休み明けは増え方が顕著という報告もある。小学校との連携を強め、不登校の原因を早めに除去したい。
 文部科学省は毎年五月一日現在で、国公私立の学校すべてを対象に、児童・生徒数や進学率、各種学校の数などを調べ「学校基本調査」として公表している。
 先ごろまとまった速報によると、二〇〇五年度の小学校不登校は、前年度より六百人減って二万三千人。中学校も五百人減って十万人。いずれも四年連続して減少した。
 このデータを見て不登校対策が功を奏している、と喜んではいられない。少子化で児童・生徒の数そのものが年々、減っているからだ。
 実態をよりよく反映している全児童や生徒に対する不登校の比率(出現率)に的を絞ってみる。小学校は三百十七人に一人の割合で前年度からほぼ横ばい。中学校は三十七人に一人から三十六人に一人に増えた。
 中学校の出現率の増加は、四年ぶりである。数字的にはわずかな増加だが、わずかだからと言って見逃すわけにはいかない。文科省も「これから上昇に転じる兆し、ととれないこともない。原因を分析したい」としている。
 国立教育政策研究所が〇三年に公表した「中一不登校生徒調査」によれば、不登校は小六から中一になると約三倍に急増。さらに、中二になっても大幅な増加傾向は続く。特に、夏休み明けに増える、という。
 小学校から中学校に進むと制度が一変する。例えば先生。小学校では学級担任制で、その担任がすべての教科を教える。それが中学校に進むと、学級担任はいるが、授業は教科担任制となり別々の先生が教える。
 中学生の不登校のうち何割かは、こうした変化を乗り越えられないのが原因、とみられる。さらに、乗り越えられないまま夏休みに入り、長期間、学校から遠ざかると、不登校が顕在化するケースもある。
 これらの段差を少しでも埋めるためには、小学校中学校が連携を密にするしかない。
 不登校対策に絞っていえば、小学校高学年での出欠状況、特に登校してもすぐ保健室に駆け込むなどの「別室登校」についても、欠席にカウントされないが、正確な情報を中学校に上げるよう徹底する。
 不登校の原因は千差万別である。一律の指導は不登校を長引かせてしまうこともある。原因を的確につかみ、周囲は本人の苦しみをほぐすよう、接していきたい。

 フンダリケ(管理人)です。
 興味深いデータが並べられた後だというのに結論はもの足りませんね。社説の構成もバラバラです。小学校中学校の連携を密にしろと言いますが,じゃあどうやって?何をすれば目的が達成できると考えているの?せっかくの良いテーマだというのに。もったいない。

 先日読んだ小室直樹・大越俊夫『人をつくる教育 国をつくる教育』日新報道をまた読み返してみると,大越氏が「今の学校教育を拒否する子どもこそ,素晴らしい子どもである」(p.20)と述べていました。キャッチーで極論っぽい主張ですが,その言わんとする本質は,要するに「なっていない」現在の公教育の方に大事な子供を無理に適用させる必要はないということです。不登校を”改めるべきもの”と捉えるのではなく,社会的被害者の彼らを本物の教育によって救ってやらなければならない,そういう精神が大越氏の主張にはあるわけです。東京新聞の記者はまじめすぎるのか,型にハマりすぎた抽象論しか描けないようですが,こんな調子ではこれからの教育改革に物申す能力が疑われます(ちなみに安倍さんが言っている教育改革は,単に外資参入を促すためだけのものです。中身はあっちの人が作ってくれます)。

 僕が親なら今の公教育に子供を預けられる自信はありません。小学校から私立となるとお金もかかりそうですが,子供のことを考えれば無理してでも私立に入れた方がいいのかなあとも思います。環境が子供を育てるんだろうし,周囲にいろんな方面のライバルがいた方が伸びるでしょうし。ま,子供ができてから考えればいいことなんですけども (^^;

 現行の制度の中で不登校問題の解決をと考えると,どうしても東京新聞のような抽象的な結論しか得られないんでしょう。具体論をいくら掲げても現場の教師は快く思わないし,教育委員会やらPTAやら日教組やらが出てきては余計に問題がこじれて前に進みません。新聞社としてトラブルを避けるには抽象論に逃げ込むのも仕方がありませんが,それなら別に社説にしなくてもいいんじゃないの?と思ったりもしたり。ライブドア裁判を採り上げずに独自の社説を展開したわけですから,もうちょっとがんばって踏み込んだ提案をして欲しかったなあ。
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